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親鸞聖人の論理的自覚:浄土真宗の論理的基礎と仏教論理の真髄 [本(仏教]

ronriteki.jpg 『親鸞聖人の論理的自覚』
中山延二(仏教哲学)
百華苑(1964)


人間は悔い改めにより新しき人間となる。
即ち再生が行われる。
キエルケゴール

悟りというは身も心も忘れること。
一休

善知識にあわずとも、
臨終おもうようならずとも念仏もうさば往生すべし。
法然の平生業成

真の宗教は論理的である

☆☆☆☆☆
難易度5/5 推薦度1/5

非于非者,豈非非之能是乎。
をテーマに親鸞の『教行信証』に仏教論理を読み解く

・今日の一言(本文より)
非于非者,豈非非之能是乎。
非に非ざれば、豈、非の能く是なるに非ざらんや。
このような絶対の非でなければ絶対の是とはいえない。
이러한 "절대의 긍정"이 아니면 "절대의 부정"이라고는 말할 수 없다.
Only this "absolute negative" can be called "absolute positive."

タグ:中山延二
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