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親鸞とその時代 [本(仏教]

『親鸞とその時代』
平雅行(日本中世史、日本古代中世仏教史)
法蔵館(2001)


法然親鸞日蓮の社会的影響力は小さく少数派
延暦寺の一門流に過ぎない
社会的影響力を持つのは戦国時代に入ってから

専修念仏の弾圧を求めた法相宗の僧侶貞慶は
法然より先に地蔵菩薩による悪人正機説を口にしていた
当時すでに悪人正機は常識
すでにどんな悪人も念仏により救われると謡われていた

仏教による治病とは医療技術と薬学的知識を駆使したもの
中世の延暦寺では
儒教、和歌、医学、薬学、農業技術、土木技術、占星術、兵法も教えていた

神も戦いに参加していた
宗教と戦争が未分離
中世の祈祷は実体的なパワーであり暴力そのものであった。

法然は民衆を善人だと言った
念仏はもともとレベルの低い人のための行とみなされていた
法然親鸞ともに現世の宗教的平等を主張した

造悪無碍、本願ぼこりの歴史的実体は領主への民衆の反抗。
支配層の呪詛を恐れなくなった。後の一向一揆の母胎に

古代は神、中世は仏教、近世は儒教

日本最初の授戒僧は女性
624年。僧尼の尼の比率は41%
仏教はシャーマニズムの土壌のなかで受容された
女人結界は仏教と関係ない
女人往生も女人成仏も常識だった
女性が往生や成仏できないと主張した僧侶は日本の仏教界には皆無
澄憲の十人の子供。そのうちの二人の母は高松院。天皇の娘でかつ天皇の后
僧侶の孫が天皇に即位。土御門天皇
女犯偈と覚禅鈔の類似と違い
女は男よりバカだから、弥陀はバカな女をまず救済する

親鸞は悪人正機説を唱えたのではなく克服しようとした

殺生を罪とすると労働が罪になる
農耕も殺生。農作業で虫を殺すから
平安貴族の労働蔑視と僧侶の労働罪業説がマッチした

末代の一切衆生はすべて悪人

『唯信鈔』の聖覚は専修念仏を弾圧する側になった

古代中世の唯一の禁書『選択本願念仏集』
念仏を否定したのは日蓮のみ
『唯信鈔』に本当の聖覚はいない

☆☆☆☆☆
五障三従。父夫子に従うはインド社会の通念、
てっきり中国の儒教だと思っていた……

法然親鸞ともに万人悪人説だというのは説得力があると思う。

・今日の一言(本文より)
高野山は年貢を不作のため納められない農民に対して呪詛していた。
고야산의 승려는 흉작 때문에 연공을 납부할 수 없는 농민을 저주하고 있었다.
高野山的僧侣诅咒由于歉收不能交纳地租的农民。
The priests of Mt. Koya cursed the farmers who could not to pay their taxes because of poor crop.

『歴史のなかに見る親鸞』
平雅行(日本中世史、日本古代中世仏教史)
法藏館(2011)


禅宗と武士の気質があったというのは嘘。
門閥主義が緩やかだったため

三夢記は江戸時代の偽作

中世には戸籍制度がない

法然はこの世の人々をすべてレベルの低い劣根一類とみなしている
民衆のなかにこそ真実の人間の姿がある

玉日伝説は事実ではない。
『御因縁』『正明伝』とも誤りが多すぎる

晩年の親鸞は思想的に破綻していった

表面的な違いはあっても、
すべての人間の機根(人間的資質)はその本質において平等である。

目もみえず候。何事もみな忘れて候うへに、
人などにあきらかに申すべき身にもあらず候。
目も見えないし、教理的なことも忘れているうえに、
そもそも私は人に教えたりできるような人間ではない。

☆☆☆☆☆
妻帯は公に認められていたというが、
妻帯と言っても別居なわけで、
親鸞の妻帯は同居であり決定的に違う、
ということではないか?

悪人正機の先行例は阿弥陀仏と念仏によるものではなく、
いわゆる後の悪人正機と同じと言えないのではないか?

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