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儒教と中国:「二千年の正統思想」の起源(講談社選書メチエ) [本(東洋史]

『儒教と中国』
渡邉義浩(中国古代史)
講談社(2010)


孟子:
四端の惻隠を仁に、
羞悪を義に、
辞譲を礼に、
是非を智に

韓非子は儒家+道家
法を重視する道家が黄老思想

天人相関論:
月と人体の大きな関節12、
日と小さな関節366、
五臓と五行、四肢と季節、
寝起きと昼夜。人体は小宇宙

子は母を以て貴く、母は子を以て貴し。

劉秀は政治学者
図讖を戯事に済ましてしまう合理主義者

☆☆☆☆☆
天人相関論の人体小宇宙思想は
ネタ的に面白そう。

・今日の一言(本文より、ヘーゲル)
Die Eule der Minerva beginnt erst mit der einbrechenden Dammerung ihren Flug.
The owl of Minerva first begins her flight with the onset of dusk.
ミネルヴァの梟は黄昏になってようやく飛び立つ。
미네르바의 부엉이는 황혼이 깃들어야 비로소 날기 시작한다.
密涅瓦的猫头鹰在黄昏起飞。

『王莽:改革者の孤独』
渡邉義浩(中国古代史)
大修館書店(2012)


王莽が古典中国の形成に最も貢献した
王莽は班固の祖父と同僚であり兄弟のような関係

朱子学は無神論体系

五経博士の設置は董仲舒ではない

儒学:諸子百家の一つとしての儒学の哲学
儒教:緯書による宗教化されたもの
経学:儒教の学問的領域

文帝の遺詔。
自分に対する喪を25ヶ月から36日に短縮。民間人も三日ととした

天子七廟制、南北郊祀は王莽が定めた
王莽は古文学を立学
黄鐘の律管をメートル法の原器とするような合理性。劉歆の古文学
今文は二社一稷、古文は二社二稷

王莽の政策は後漢書が言うほど
そのままの形で後漢に継承されたわけではない

今文は孔子、古文は周公
左伝と古文学は王莽の正統性を立証
劉歆は左伝に加筆
平帝毒殺説は翟義の檄文より

公卿以下の棒禄は布二匹、帛一匹
『管子』軽重篇が『周礼』の経済思想へ

白虎観会議は政治的には、
王莽が古文学を中心に形成した中国の古典的な国制を
『春秋公羊伝』に代表される今文学により、
経学的に正統化しようとするもの
十四項目で十が王莽に関連。ただし王莽提案は四つ

☆☆☆☆☆
分析的観点のみで比較的観点がないのが欠点かな。
董仲舒まで儒教は権力にすり寄る術がなかったというが、
秦代は、始皇帝の内側に結構、儒教が食い込んでいたと思う。

光武帝が即位後に図讖を天下に宣布というが
泰山封禅の後と言うべき。即位の30年後。

呂母は赤眉の源流というが、
実はほとんど無関係。

王莽は原理主義者ではなく臣下に恵まれず空回りしただけというが、
現実社会に適合しなかったし、
意見撤回を多少受け入れただけで
原理主義者ではないとはさすがに無理がある

タグ:渡邉義浩
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